夢は続いて・・・
最初会った時は”何か変な奴”としか思えなかった。 サングラスをかけてスカした顔した少年。 後ろには正体不明の影がいつでも憑いている。
不真面目そうにポケットに両手を突っ込んで歩く姿。 音楽仕事中、女の子と楽しそうに笑って曲作り。 はっきり言ってその時は、何だかだらしない人なんじゃないかと感じた。 でも、彼に対する感情は日に日に変わって行く事になった。 それはある日、一緒に仕事をした時に解った。 彼は確かに馴れ馴れしくて一見女たらしの様に思えたけど、それだけじゃなかった。 だらしなく見えてやるべき事はやり遂げる。 仕事になると普段表で見せている顔とは別の、真剣な顔を見ることが出来た。 その時ばかりはとても凄い…大きい人物に感じることが出来た。 その後、一度だけ夜の街の中で彼を見かけたこともあった。 どこかの屋根の上で星を見上げ、それら一つ一つを数えているように見えた。 その姿を今でもはっきりと覚えている。 あの時の彼は、大げさかもしれないけれど、この星の全てのような気がした…。 彼の名前はMZD。 多分、私の事はちっとも見えていないのだと思う。 ―2月14日。東京都内のとある公園の時計の下で、一人の少年が黒い影と共に星空を見上げていた。夜なのにも関わらず、オレンジ色の縁のサングラスをかけている。髪は茶色で肩に届いている。上はシマ柄のトレーナー、下は冬なのに半ズボン。後ろの影はニヤニヤ笑ったまんま彼の後ろについている。 「ゴメンMZD!遅れた?」
駆け足で少年の元に若い女性が近寄ってきた。年は20くらいの欧米人で、瞳は青空のように真っ青だ。金髪で髪の長さは肩に少し届く程度。真っ黒なマフラーを巻いてコートも羽織っている。どうやら寒いのが苦手のようだ。 「確かに遅かったが、俺の予想より10分は早かったぜ。上出来なモンだぜ、ジュディ。」
MZDは振りかえって左手でグッドサインを作って見せた。顔は意地悪そうな笑みでニヤついている。 「で、何の用なんだ?」
左手をズボンのポケットにしまい、やはり意地悪そうにジュディに問い掛ける。ジュディは心を見透かされている感じがしたが、少し慌てながらも手に持ったカバンの中から包みを取り出した。 「これ、受け取ってもらえるかしら…?」
ジュディはそう言ってMZDに包みを渡した。この日に異性を呼び出してまで渡すものと言ったら、言うまでもなくチョコレートだ。MZDはジュディから包みを受け取ると、後ろの黒い影に包みを持たせた。いわゆる荷物持ちだ。しかし黒い影はそんな事は気にせず、相変わらずニヤニヤしているだけだった。 「サンキュー、不味かったら承知しねェぞ。」
MZDはジュディに背を向け、黒い影と共に、まるで幽霊の様にその場からスーッと消えてしまった。その時のジュディの気分は、テキトウにあしらわれて馬鹿にされたような感じだった。彼はいつも誰に対してもそう。女の子には少し優しいけど、結局はきっと誰も見えてはいないのかもしれない。 「でも、渡したいもの渡せて良かった…。」
ジュディは一人暗い夜道を、街灯を頼りに帰っていった。 ―それから丁度1ヶ月と1週間ほど経った。ジュディは相変わらずダンスや番組出演などで、楽しくも多忙な毎日を過ごしていた。MZDとはバレンタインデーに会ったきりで、顔も合わしていない。
いつもと何も変わらぬ生活を送っているジュディは、音楽番組の収録を終え、一人で夜道を歩いていた。そんな彼女は今まで、一人でいるたびMZDの事を考えていた。今何処にいるとか、何をしているとか、噂は時々耳に入った事があった。しかし、追いかけても追いかけても彼を確認する事が出来なかった。離れれば離れるほど、自分の気持ちが膨れていくのが解った。 ―どうして
こんなに好きなのに届かない?
北風が 切なくて 滲んだ瞳に
夜空さえ見えないよ 世界が
まるで幻の様 ・・・・
考え事をして歩いていると、何時の間にか知らない路地に自分がいることに気が付いた。体中が少し熱くなっている。頬を濡らす冷たい感触が少し残っている。 「よく来たな。」
背後からの声に驚いてとっさに振り向くと、そこには自分がずっと探し求めていた人物がいた。道路脇の塀に腰をかけ腕を組み、相変わらずニヤニヤ笑っている。いつも一緒にいる謎の影は、今日は一緒にいない。 「呼んでもなかなか来ねぇから、待ちくたびれたぜ。」 「呼ぶ…?」
MZDは座っていた塀から飛び降り、アスファルトに静かに着地した。直後すぐ両手をポケットの中にしまった。ジュディは不思議そうな顔をした。それもそのはず、ジュディはMZDに呼び出された記憶は無いのだ。 「私、呼ばれた覚えなんてないわよ。」 「ぁあ?テメーの後ろよく見ろ。」
ジュディは言われるままに後ろを見てみた。すると驚きに目を見開いて、両手で口を覆った。そこには、MZDにいつも憑いてまわっていた黒い影が、ジュディの背後でふわふわと浮いていた。しかしそれに気付いたのは今この瞬間で、前まで自分の背後にそんなものは確認出来なかった。 「心配だったから様子見てたんだよ。んで、今日お前がココにやって来たのは、間違えなくその俺に呼ばれたから。違うか?」
MZDはサングラスの奥からじっとジュディを見つめた。 「それは…。」
ジュディは何だか「違う」と言って否定できる状況ではなくなってしまった。 「お前、もしかして泣いてたのか?」
ジュディはそれを聞いてドキッとした。真っ赤になった顔と潤んだ瞳、涙の跡を見られたかと思うと、恥ずかしくて仕方が無くなってきたのだ。慌てて後ろを向いてそれを隠そうとしたが、MZDはポケットに手を突っ込んだまま、一歩一歩歩み寄ってきた。 「コレ。」
MZDはジュディの背後で立ち止まると、ポケットに入れていた右手をジュディの右肩に向かって伸ばした。ジュディがそれに気がついて振り向くと、MZDの差出した右手に、小さい飴玉が握られている事に気が付いた。 「くれるの?」 「心のこもったモン(プレゼント)には、それ相応のモンとその解答を返さなきゃな。」
ジュディがMZDから飴玉を受け取ると、余ったMZDの右手には、またあの時のバレンタインの様にグッドサインがあった。 「有難う、MZD。」
ジュディは振り向きはしなかったが、受け取った飴を両手でぎゅっと握り締め、喜びの笑みを顔に浮かべていた。小さいプレゼントだが、ジュディにとってそれは充分嬉しい贈り物だった。 「俺の用事は今日はココまで。じゃ、また明日〜。」 「えっ?」
ジュディが振り向くとそこには誰もいなかった。MZDは黒い影と共に、何時の間にかスーッと姿を消し去って行っていた。 「『また明日』…?」
ジュディがMZDの言葉を気がかりにしていると、ふと手のひらにある飴玉が目に映った。彼のくれた飴の味が気になりだしたのだ。恐る恐る包みを開けて取り出すと、中からはまるで星の光りを通して優しく光ったいるような、透き通った蒼色の飴玉が出てきた。それは食べるのが勿体無いくらいに、綺麗に見える。ジュディはしばらく眺めた後、その場で飴を口に入れてみた。 「あ、美味しい…かも。」
不思議とその味はジュディの舌に馴染むような味がした。この贈り物から、彼の気持ちは伝わってくるのかしら…? 『最初見た時は、単に「可愛い」って思っただけだったな。それが愛情に繋がるなんざ当然思っちゃいなかった訳だが、お前に追われるうちに思った。「俺はいつかコイツに捕まるんだ」ってな。何故なら、お前の俺を想う気持ちが本物で、俺自身もお前をいつのまにか愛するようになってたからね。だから会わねぇ間、ずっとお前を見てた。お前のことを考えてた…。』
ジュディは目を覚ました。何時の間にか眠っていたようだ。辺りを見渡すとそこは紛れも無く自分の部屋。いつも使っているベッドの上で横になり、布団を肩の下まで被っていた。部屋の窓から眩しく明るい朝日が差し込んでいる。 「夢だったのかしら…?」
眠たいまぶたを擦り、目覚し時計を鈍い動きの手で持ち上げた。うつらうつら時刻を見るなり、ジュディは眠気から一気に開放された。 「いけない!今日は朝からラジオの収録だった!」
ジュディは飛び起きてバタバタあわただしく準備を始め、さっさと家を出ていった。
急いだかいがあり、意外と余裕を持って収録現場に到着した。すると先にラジオに競演するマリィが、控え室に来ていた。マリィはジュディのダンス仲間であり、ライバルでもある存在だ。 「おはようマリィ!」
元気いっぱいに手を振って挨拶するジュディ。 「おはよ、ジュディ。珍しいゲストが来てるわよ。」
マリィは挨拶を返すと、自分斜め後ろを親指で指し示した。マリィが指を指した先を見ると、昨晩会ったばかりのMZDがそこにいた。それを見てジュディは、少々頭の中が気まずくなってきた。それと同時に、ジュディの心臓の音が少し速くなった。 「よぉ。」
MZDがジュディ達の方に気が付いて、帽子を人差し指でくいっと動かして見せた。 「今日はヨロシクなジュディ。ま、これからは俺の女ってことで…。」
MZDはにんまり笑みを浮かべ、えらそうに腕を組んでいる。それを聞いた瞬間、マリィとジュディは目が点になった。マリィは頭を切り替えると、ジュディを笑顔でじっと見つめた。 「ショタコン?あなたショタコンだったの!?相手は六本木の悪魔とか神とか言われてるけど、まだ子供じゃない!」
何故かやけに嬉しそうに、マリィはジュディに詰め寄っていった。 「ちょ、ちょっとマリィ!」
ジュディは慌てて誤解(?)を晴らそうと考えてみたが、横でニヤつくMZDを見るとその気がうせてしまった。否定した次に、MZDの口からどんな言葉が飛び出すかと考えると、何となく恐ろしい気分になったからだ。 「あ、そうだ。せっかくだし、時間がくるまで二人きりの時間を楽しんで頂戴。じゃね!」
マリィはそう言って早々と部屋を後にした。ジュディはずうずうしくしまる扉を、ぼーぜんと眺めているだけだった。 「でさー…。」
MZDは椅子から立ち上がった。ジュディは頭上に?マークを浮かべているような顔をして、MZDの方を向いた。 「俺の気持ち、伝わった?」
MZDは照れるそぶりも見せず、ただ堂々と仁王立ちで言った。ジュディは自分の心拍数がさらに上がっていくのを感じた。 「う、うん。」
ジュディは顔を真っ赤にして俯くと、両手を体の前で組んでカチコチに固まってしまった。MZDはその様子を何とも楽しそうに見物している。そのお陰でしばらくその場に沈黙が続いた。 「ところで二人きりになったんはいーけどさ、どーすりゃいいのかわかんねーんだよねー。」
その沈黙を破ったのはMZDだった。ジュディはそれを聞いて、MZDの顔を上目使いでちらっと見た。MZDの顔は、相変わらず邪気か無邪気かわからぬ笑みに満ちている。それを見たジュディは「嘘つき!本当はわかってるんでしょ?」と言ってやりたくなったが、ため息一つで堪えてMZDに近づいていくと、MZDの小柄な体を抱きしめた。身長はジュディとあまり大差がない。そこでジュディは、意外とMZDがぽっちゃりしてることに気が付いた。 「…これでいいかしら?」
ジュディはMZDの耳元で、ごにょごにょ呟くように言った。 「うーん、多分ね。」
MZDはいい加減な感じで言い返したが、ちゃっかり左腕をジュディの腰に回していた。 ―身体を密着させることで、互いの体温が上昇していく感覚。
耳元に聞こえてくる相手の呼吸音。
このまま時間が止まれば…どれだけ幸せになれる? 「ところでMZD。」 「ぁあ?」
ジュディはMZDに抱きついたまま話しかけた。 「『ずっと見てた』って言ってたけど、まさかお風呂の時なんかも覗いてないでしょうね?」
MZDは無言でジュディの体から離れ、ずれたサングラスの端を両手で持って直した。ジュディは疑いの眼差しでMZDを見ている。 「…何でそーゆー細かいこと覚えてっかな?」
MZDは突然冷めたような表情に変わった。 「あー!やっぱりそうなのね?酷いわ!」
ジュディもキッと目つきを変え、MZDを睨みつけた。 「阿保ッ!何も覗いたなんて一言も言ってねーだろが。」
MZDは淡々と答えたが、ジュディはMZDが焦っている様子を見破った。「覗いてない」とも一言も言っていない。 「…あっといけねー、そろそろ収録時間のようだぜ。」
MZDは部屋の壁に掛かっている時計を見上げると、ジュディの横を通って歩いた。 「逃げる気ね?待ちなさいよ!」
怒ったジュディは、MZDの進路を妨害すべく、彼の左肩を右手で捕まえた。するとMZDは意外と素直に振りかえり、ジュディの頬を素早く手で押さえ込んだ。すると、以前仕事中に見たことがある真剣な顔を、一瞬だが近距離で見ることができた。次の瞬間、ジュディは驚く時間も与えられずに、そのまま唇を奪われていた。抱擁とは別の甘い感触が、ジュディを堕としていった。まるで昨晩見た、現実なのか正夢なのか解らないモノの、続きを見ているようだった…。 「おい、いつまでボーっとしてんだ?とっとといくぞ。」
MZDの声に現実に引き戻された。壁掛けの時計を見たところ、あと3分で時間になるところだった。 「意地悪…。」
ジュディは片方の頬を膨らませて、後ろで手を組んだ。MZDはフッと笑い、扉を開けて廊下に出た。ジュディも慌ててその後姿を追いかけた。見た目は小さい。でも、何故かいつでもとても凛々しい後姿を…。 感想)) ホワイトデーなのでこの際!と思い、お気に入りのカップリングMZD×ジュディを書いてみました。(リュータ×リゼットでも良かったかも…?)マイナーだけど、かなり好きです。 また無駄に長い小説にしあがりました。全部読んでくださった方、お疲れ様&有難う御座います。感謝の極みで御座います。m(__)m ちなみに、下記は私がイメージして書いた二人についてです。((ちょっとした参考文 ジュディ…今作主人公。元気で可愛くてスタイルも良い!でも、一途さ故に嫉妬深い。反面意外と照れ屋さん。
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